中野泰仁さん ー 中野表具店3代目
表具師。「ひょうぐし」って読むんです。と説明することもめずらしくない時代になりました。なにをする人かと言うと、襖(ふすま)、障子、掛け軸や屏風などをつくる、紙や布をあつかう中野表具店です。
中野表具店3代目中野泰仁さん。5年ほどまえの住まいの職を学ぶワークショップ企画からのおつきあいです。同時に妹の智佳子さんと知りあったことから、私は「お兄ちゃん」とよんでいます。お父さんが亡くなり、急に家業を継ぐことになった時は、とてもたいへんだったそうで、現場で怒られることもしばしば。それでもまわりの中野表具店たちに必死に技術をおそわり、いまでは少なくなった表具専門店を受けつがれています。
なににでも興味を持ち、のめり込んで、絵画や陶芸も習いはじめる好奇心旺盛な人です。4児の父であり、組合の活動もしながら仕事をこなす。打ち合わせから、張り替えの引取り、施工から、配達、地合わせや取付納品まで、ほぼ1人でこなしているのに、いったいそんな時間がどこにあるのか、と思うほどじっとしていない人なのです。
つかいすての襖ではなく
中野表具店の仕事は、多岐にわたります。一般住宅の襖の張替から、茶室の腰張まで、仕事のグレードも幅広いのです。この日おじゃましたときの仕事は旧家の襖の張替です。前回自分がした仕事ではないことも多く、この物件もそうでした。
いまでは使い捨て襖もふえていますが、いい襖は何度も張替が可能です。前の表具師さんの仕事、その前の表具師さんの仕事をみて、下地や骨地の状態をみて、発注者の希望、予算、暮らしかたや将来の張替のことまで考えて、材料や施工方法をえらびます。こまかい説明などしなくても、予算がたくさんあっても、少なくても、総合的に判断して仕事をするのが本来の表具師。
いい張替ができた時代、そうでなかった時代、襖の表面をめくるとその歴史がみえてきます。それをふまえて仕事の仕方を決めるのもすてきです。使えるものは残し、傷んだところは、予算に応じて取り替える。このくりかえしが表具師の仕事なんですね。使い捨ての襖では表具師さんの腕はふるえません。
道具をつくる人たちが減っている
お兄ちゃんの話を聞いていて、いつも気になることがあります。道具や材料のことです。生産者がどんどん減っているのです。ハケ、桶、ノリ、紙、縁や引手もしかりです。襖や障子の木の部分、骨地をつくる専門業者さんも刻々と減っています。
そんな話を聞くたび、ドキドキしてしまうのです。これがダメになるともう買えない。と大切に使うハケや桶。1枚の襖のなかでも濃いめのノリ、薄めのノリ、適宜変えるのですが、お兄ちゃんはそれを1つのオケのなかで微妙にとき分けています。その塩梅はきっと道具とともにあるのです。
静かな闘志とにこやかな笑顔
道具や材料、いろんなものがこれ以上減っていってしまうと、それが仕事にどんな影響をあたえるのか心配です。特別でなくてもこれまでどおりのいいものをつくりつづけることができるのでしょうか?ドキドキします。
でも、嘆いているばかりではこの状況はかわりません。まずは、目のまえの仕事をしっかりと丁寧に仕上げていく。口数の少ないお兄ちゃんからはそんな静かな闘志を感じます。
この器プロジェクトに対しても当初から「何でもやってみんとわからんし」とポジティブな意見でした。いつもにこやかな笑顔がほっとさせてくれます。これからも腕を発揮できる仕事をしつづけてほしいと思います。