大江俊幸さん ー 大江畳店2代目
すごい形相でしょ。こんな真顔にほれてしまいます。大江畳店2代目大江俊幸さん。出会いは10年前の泉州の職人さんグループにさそわれたとき。とにかく熱い人、というのが第一印象でした。
稲藁を原料とする本床(ほんどこ)の産地や、国産イ草生産農家さんの視察につれて行ってもらったり、いろんな畳の話を聞かせてもらうたび、畳に対する熱い思いが伝わってきます。
24時間考えているのでは、と思うくらい畳を語らせるたらとまらない。奥さんがもうやめてと言うほど、いつもいつも考えているのです。
農作物なので
どの業種にも言えるかもしれませんが、昨今の流通事情は、クレームの少ないものが重宝されます。でも本来、畳はワラと草。「農作物なので」と大江さんにしては弱めに言う。
品質を求めることにきびしい日本人に対していいわけをする気はなくとも、ほんとうに農作物なのです。できのいい年、悪い年があります。
日本産地の減少による中国産の増加。安価なことを求められつつ、畳や和室の減少が、進んでいます。それにともない畳にまつわる生産者さん、問屋さん、職人さんも減っています。
大江さんは、そんな現状のなかでも畳に関心をもってもらうために、カラフルな色やデザイン、手にとどきやすい価格帯の商品を開発したり、インターネット販売をしたり。いずれも独自の視点と表現方法で一歩進んだ畳屋さんでありつづけています。
わかるのは10年、20年後
でも、やっぱり一番つくりたい畳は、あたりまえの形の"いい材料"をつかった"本物の畳"。
昨年、Morizo-で展示をしていただいた2枚の畳は、1枚は1万円。もう1枚は10万円。見た目は一見いっしょでも、使う材料や仕事の仕方によって、値段は10倍かわることを実物で表現したのですが、そのちがいは触れたり座ったときにわかるはずなのに、わからない人にはわからない。
だれにでもわかるのは10年後、20年後なのです。ほんとうにいい畳は100年使えるのですが、人はそんなに待ってくれない。これが彼の悩みなのです。
いい畳、高い畳がいつもいいわけではない、建物にみあったものが大切。と大江さんは言います。適材適所。建物の「格」と使い方を加味して、材料と仕事の仕方を選ぶのです。やっぱりちゃんとした職人さんの醍醐味はそこなのだと思います。
畳の引き上げとナゾの暗号
何度も仕事場には行ったことがありましたが、先日初めて現場を見せていただきました。3室で35枚、和装教室の表替えです。「引き上げのときに見に来てよ」と言われた意味が、よくわかりました。
張替えの見所は、引き上げのときなのです。1代目の父と教室が閉まる午後9時に現れ、引き上げ終了は12時。その間、いろいろと畳屋ならではの仕事がくりひろげられました。
「1大ツ」「1大ヨ」大江畳店の暗号です。「1大」は基準より1分(3mm)大きいという意味。「ツ」はつよいめ。「ヨ」はよわいめ。聞いて笑ってしまいました。よわいめって・・・・。
寸法ではなく、感覚的にちょっと小さめということなのです。もちろんつよいめはちょっと大きめ。畳の定規は、いまでも尺貫法。1目盛りが3mmです。本間(ほんけん:そもそもの畳サイズ)に目印があって、そこより1目盛り大きく、厳密にはそれよりほんの少し小さめ、大きめ、と言っているのです。
測る大江さんが、「よわいめ」の微妙な具合を部屋の状況とともに記憶します。それをじっと待ち、暗号を畳にメモするお父さん。工場で作るときは、かならず測った者が仕上げるので、この畳については補佐を務めるのみですが、職人として弟子を育てる目で息子の判断を見つめます。この「間」もまたかっこいいのです。
仕事はだまってするもんや
古い建物では、部屋が直角水平ということは、まずありません。そのひずみをさもまっすぐに見えるように、畳をつくるのが職人の技術なのです。
長年のほころびに手当てをする。どう直して、どこで調整するかは職人さんによってちがいます。正解はないというほどさまざまなやり方があるそうです。自分と違うやり方でも、前回直した職人さんを否定せず、そこから学んだり、自分流にしたり、人知れずほどこすのです。
いつも畳を熱く語る大江さんですが、自分がした丁寧な仕事を発注者にわざわざ言わないのは遺伝なのでしょうか。
「仕事はだまってするもんや」というお父さんの言葉が心に残ります。あるとき、急に畳屋になろうと。大手服飾メーカーをやめてお父さんの弟子に入った大江さん。まだまだ教えてもらいたいことがあるとのこと。
いまや畳屋さんもなかなか見たことないようないい仕事をしてきた1代目と肩をならべて腕を磨く大江さんにぜひこれからもいい仕事をしつづけてもらいたいと思います。